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2016年07月12日

2016初めてのイラン34 ジョルファー地区のキリスト教徒居住区で教会をチラ見したあと、それはそれは美しい夜のスィー・オ・セ橋に見とれた件

 
 イランホテルからチャハールバーゲパイーン大通りを1km程南下すると、ザーヤンデ川に突き当たる。そして大通りを直進するように川にかかるのが、スィー・オセ・ポルだ。アッパース1世の都市構想に基づき1602年に作られたイスファハーンの11の橋の1つでだ。関ヶ原の戦いから3年しか経っていない頃完成したのだな。

「スィー・オセ・ポル(Si-o-seh pol)」とはペルシャ語で「33のスパンを持つ橋」の意味であり、その名の通り長さ約300m橋には33のアーチがある。有名日本語ガイドブックには、「スィー・オ・セ橋」とある。

この橋は車の通行ができない歩行者専用橋でありいつも人で賑わっている。

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橋を渡った南側にはあまり観光的見所はないが、南西方向に1.5km程歩くと、アルメニア人居住区のジョルファー地区がある。絹交易で大きな役割を担ったアルメニア人が、アッバース1世によって移住させられた場所であり、キリスト教教会も作られた。ジョルファー(Julfā)とはアゼルバイジャンのアラス河畔にある町の名前なのだそうだ。

アルメニア人は交易の収益をオスマン帝国の手に渡したくなかったアッバース1世が、強制的にアルメニア人をここに移住させ、その代償として特権を与えた、らしい。ちなみにジョルファーの西にあるゲブラーバードには、ゾロアスター教徒の居住地区もあったらしい。



ジョルファー地区。

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イランにしては欧州の匂いがする街だ。街のそこかしこにちょっと小綺麗なカフェなどもあり、オリジナルカクテルを売りにしているが、そこはイラン、全てノンアルコールだ。ちょっと有名なレストランもあるけれど、もちろんポークなどはあり得ない。

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ジョルファー地区には1664年にアルメニア人によって建てられたヴァーンク教会がある。このエリアには13の教会があるが、その中で一番有名なものだ。

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入場料20万リアル。

あ、私帰ります。チケット販売時間過ぎても入れそうな雰囲気じゃないし。でもその前に、入り口から中の写真、1枚だけ撮らせてね。


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この日は少し多く歩いたので、ジョルファー地区からはバスで帰る。スィー・オ・セ橋北端にあたるエンゲラープ行きのバス乗り場はの位置は、有名日本語ガイドブックに正確に描かれていた。バス代は3000リヤル。

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そして、この日のハイライトは夜のスィー・オ・セ橋。

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どやっ!俺の橋じゃないけれど、どやっ!!

私はこの光景に見とれて、1時間くらい眺め続けた。好みの問題といえばそれまでだけれど、ライトアップされたイラン、そして中東イスラム文化圏の光景は、私の脳を直撃する。なんていうんだろう、官能的な美しさ、と言ったら語弊があるだろうか。こんな光景を好きなだけ眺めることができるのも、旅行の醍醐味だな。

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posted by 転々 at 18:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | イラン、カタール

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