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2014年03月01日

2012黒海西側を行く2 アエロフロート/SU263便の機内食と、フライトキャンセルと、トランジットホテル

 
アエロフロートは毎日成田とモスクワの間を飛んでいる。曜日によって便名は違うが、基本成田に昼頃到着してその2時間半後にはモスクワに帰っていく。割高な成田の空港利用料を最低限に抑えることができる飛び方だ。更にはクルーも成田のホテルではなく、富里にあるアエロフロートの寮に泊まるらしい。費用削減やる気満々で大変によろしい。

その昔、BAeのVC-10の設計図を盗み出して作ったとも言われるIL-62で飛んでいた頃は、ヨーロッパへの安くて快適ではないフライトして知られていた。他社がワイドボディの機材を飛ばす中、映画もないナローボディの機材で10時間以上拘束されるのだから、その評判は仕方がなかった。しかしアエロフロートもボーイングやエアバスの機材を使うようになり、成田線にはA330が飛ぶようになって久しい。私の乗ったSU263便ももちろんA330だった。

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全ての座席にVODのビデオシステムがある。メニューは英語とロシア語だけだが、日本語の映画も1-2本入っている。メニューをしっかり見ないとなかなか見つけられないけれど。

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機内食だってエコノミーとして全く問題のない水準だ。出発後と到着前にフルミールが、そしてアイスクリームのリフレッシュメントもいただける。ビールが有料なのは少し残念だけれど、赤白のワインは食事の際に無料でいただける。「ワインは食事のうちだから無料」というこの発想は、ヨーロッパだなぁ。

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アエロフロート、快適じゃないか!!

だいたい昔のあんまりよろしくない評判は旧ソ連時代の話であって、アエロフロートだってどんどん進化している。昔は機内が自由席だったり同じYでも後方の席のピッチが妙に狭かったり機内食のパンが異常に固かったりといろいろあったけれど、SU263便のサービス水準は他国のレガシーと比較しても遜色はない。安くて速くて、良い航空会社だ。





ウクライナのキエフに向かう乗りつぎ便までは多少時間があるので、モスクワ・シェレメーチエヴォ国際空港のプライオリティパスを使える4つのラウンジのうち、ターミナルFにあるアンバーラウンジに入ってみる。

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モスクワのトランジット、快適じゃないか!!!

旧ソ連邦も崩壊しロシアが生まれ、冷戦が終結し市場経済が花開いた。もうアエロフロートは昔のアエロフロートじゃないのだ。ターミナルは横長で多少使いにくいけれどそれなりに近代的で明るいし、昔の薄暗いモスクワ空港とは大違いだ。私はキエフ行きのゲートに向かう。






係員「キエフ行きはキャンセルされました。トランジットカウンターへどうぞ」

あらら。まぁそういうこともあるか。どんな航空会社だってフライト時刻の変更やキャンセルはある。ここまでが順調だったので少し残念だけれど仕方がない。私は素直にトランジットカウンターに向かった。

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 私「あの、キエフ行きの乗客なのですが…」

 SU「分かりました。ここでお待ち下さい」



多少素っ気ない対応だ。せめてどうしてフライトがキャンセルされたか、くらい教えてくれても良いのではないかと思う。まぁスタッフは忙しそうなので、指示に従い椅子で待つ。


-----

(1時間後)

私「あの、キエフ行きの乗客なのですが…」

SU「はい。ここでお待ち下さい」



-----

(2時間後)

 私「あの、キエフ行きの乗客なのですが…」

 SU「はい。ここでお待ち下さい」


 私「いや、もう2時間待ってて…」

 SU「ここでお待ち下さい」



-----

(3時間後)


 私「あの、いつ頃まで待てば良いのでしょう…?」

 SU「ここでお待ち下さい」





普通こういう場合には、状況を説明して乗客の理解を得たり、多少申し訳なさそうな言葉を発して不便に同情してみせたりするものだが、地上係員は気持ちよいほど「ここで待て」としか言わない。まるで、他の余計なことを言うと上司に叱責されるかのようだ。ついには、まだ質問をしている私から係員は視線をそらし、背を向けた。

この、だめ航空会社がっ!!!









結局私たちキエフ行きの乗客がトランジットカウンターを離れることができたのは、トランジットカウンター前で4-5時間は待たされた後だった。キエフ行きの飛行機に乗るはずだった私たち10数名の乗客は、裏口のような事務所に連行されそこで更に2時間は程待たされ、悪名名高いモスクワのトランジットホテルに連行された。ゲート横に到着したバスは、私たちがロシアに入国していないことを証明するかのように、ドアとドアの間を20cmも離さない。こういうことだけはしっかりしていやがる。乗客にあてがわれたのは空港前のノボテルだった。

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係員「部屋はツインなので、二人ずつ使っていただきます」

そうですか、あなたの会社は見ず知らずの他人を密室に閉じ込めて、そこでバスを使ったり眠ったりしろと言いますか。

監禁トランジットに使われる部屋は、それなりに清潔ではあるが、ノボテルにしてはやや狭めでどこかくすんだ印象だ。私は、見ず知らずのどなたかとご一緒に、この部屋でバスを使いベッドで眠った。

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係員は朝の3時にロビーに集合と言っていた。時間はもう午前1時過ぎ、正味2時間も眠ることができない。モスクワに到着したのが夕方の5時頃だったから、このみみっちぃ部屋に到着するまで8時間近く待たされたことになる。8時間待ってやっと2時間の仮眠を与えられたわけだ。



フライトがキャンセルされた理由はおおよそ見当がつく。乗客がここに泊まっている10数人しかいなかったから、ゼニカネの都合でキャンセルされたのだろう。トランジットエリアとゲート付近で7時間近く待たされた理由もおおよそ見当がつく。他の便で到着する乗客を全て待って、トランジットの事務手続きとバスの手配を1回で済ませるためだろう。

フライトにトラブルはつきものだ。キャンセルだってよくあることだし、遅延など日常茶飯事だ。しかし、そのトラブルに対する対応で、そのキャリアのサービス水準が明確となる。2時間しか眠れないホテルを用意しただけまだマシな対応だったのかもしれないが、長時間ろくな説明もなしでただ待たされるのはあまり愉快ではなかった。対応は簡単だ。ただきちんと状況と見込みを説明すれば良い。それすらできないのは、職員の怠慢かあるいは職員すら事情がよく分かってないかのどちらかで、多分後者だ。

このあたりがアエロフロートの限界、なのだな。




約束の3時に間に合うようにロビーに行こうとしたら、モスクワトランジットホテル名物の出入り禁止係員に制止された。

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私たちがどんなに事情を説明しても全く聞く耳を持たない。聞く耳を持たないことと最低限の会話しかしない姿勢は、トランジットカウンターの係員と大変によく似ている。 もう半分呆れていたらやがて電話が入り、「集合時間が4時になった」とのことだった。をい、俺たちは約束の時間に来るために2時間の睡眠で耐えたんだぞ?

このだめ航空会社がっ!!!




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2014年03月02日

2012黒海西側を行く3 やっとウクライナのキエフに着き、空港から市内に向かった件

 
空港からは出ているがロシアには入国していない私たちを、アエロフロートのバスがトランジットホテルから飛行機のゲートまで連行しに来た。前回いろいろ悪口を書いてしまったが、一応アエロフロートは私たちをキエフまで送り届ける気はあるらしい。トラブルさえなければ、安くていい航空会社なんだけどねぇ。

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トランジットホテルにはペットボトルの水が1本あっただけで、売店などに行くことも許されなかった。最後の機内食から10時間以上経っていたため結構空腹だったのだが、ろくに種類もないのに値段はノボテルなルームサービスを頼む気も起きない。トランジットビザが簡単に取れるようになったロシアなのに、未だわざわざこの不自由なホテルに自ら泊まろうという人もまだ結構いるようで、そういう奇特な人たちのおおよそは後悔しているようだ。夜行便の連続フライトが苦手な自分には気持ちは分かるけれどね。








空港の出国エリアに直接到着したバスを降り、ゲートに向かう前にプライオリティパスの使えるラウンジを探す。最後の食事から10時間以上経過し、おなかがぺこぺこだ。昨日アンバーラウンジを利用したターミナルFには、クラシックラウンジ(旧ファーストクラスラウンンジ)があったので、こちらを利用してみる。搭乗開始まではあまり時間がなく、15分間の朝食だ。

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昨日のアンバーラウンジといい、帰路に使った別のラウンジといい、どうしてモスクワのラウンジってパイしかないんだ?ではあるけれど、飢えた身には素直にありがたい。プライオリティパスを持っていて本当に良かったと思うのは、こういう半非常事態みたいな時だ。昨日の待ち時間だってアエロフロートの職員が「**時に戻ってきて下さい」とさえ言ってくれれば、ラウンジで過ごせたのに、だ。







キエフ行きSU1802便。

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普通に快適なフライトだ。アエロフロート、トラブル時の対応さえもう少しちゃんとれきれば、本当に悪くない航空会社なのにね。私にとってのアウェイ、アエロフロートにとってのホームであるシェレメーチエヴォ国際空港で、ロシアの本場スタッフとあの名高いトランジットホテルという組み合わせが強力すぎたんだろうな。








今何かと話題のウクライナ、キエフ・シェレメーチエヴォ国際空港。
ガードマンが「日本は友達だ」と言いながら、ビザ不要の入国審査ラインに案内してくれる。こういう対応は素直にうれしいし、日本はこういう対日感情の良さを維持してほしい、と本気で思う。


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空港でウクライナの通貨であるフリブナを入手する。政府が崩壊し今日ロシアの介入も決定したウクライナのフリブナは鋭意暴落中だが、1フリブナは約12円今のレートでも10円以上を維持しているのはすごい。国際相場はウクライナの政府が倒されても国としての経済価値にこの程度の変化しか認めていないと言うことで、旧政権どれだけなめられていたんだよ、である。

*ウクライナのATMではスキミングによる被害が大変多いことに注意したい*

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空港から最寄りの地下鉄駅までは "Sky Bus"で20フリブナ、約200円だ。バスは24時間、15分から45分間隔で走っていて、とても使いやすい。いろいろあったけれど、これでやっとウクライナに到着だ。




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2014年03月07日

2012黒海西側を行く4 ウクライナ・キエフの秀逸なホステル、The Hub Hostel の詳細

 
空港からのエアバスは、30分程で大きな建物の前に止まった。乗客が全員降りたのでどうやらここが終点らしい。降りた乗客に尋ねると、「ここがキエフ中央駅」とのこと。なるほど。なかなか立派な駅舎だ。

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今夜の宿にたどり着くためには地下鉄に乗り換えなければならない。ウクライナ語が全く分からない私は、10分程迷って地下鉄駅にたどり着いた。地下鉄駅に行くためには、バスを降りた道路から、駅の地下通路を通って反対側の広場に出る必要があった。鉄道駅は分かりやすいが、この小綺麗な建物が地下鉄の駅だとは気がつかなかった。よく見ると、建物の上に小さな"M"のサインがあるのだが、これはなかなか見つけられる物じゃないと思うぞ。


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今夜の宿はキエフで最も評判の高いゲストハウス、The Hub Hostelだ。事前に地図をプリントアウトしておいたのだが、地下鉄駅同様入口が大変に分かりにくい。5分程迷って入口の看板を発見する。



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少し前まで、ウクライナ、特にキエフの宿は割高だった。ユースホステルなど当然ないし、外国人が泊まれるホテルは安くても$100以上、運が悪ければお高い「西側諸国向け料金」にもなる。じゃぁってんで民泊・デイリーアパートをと言ってもあまり情報はなく、現地で客引きについていくしかない、的状況だったのだ。そんな中、さすがに悪名高い2重、3重の料金設定がなくなり、ホステルもぽつぽつ増え始めた中、キエフの都心ど真ん中にできたのが、このThe Hub Hostelだ。

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アエロフロートのフライトキャンセルで到着が12時間以上遅れた私を、ちゃんと The Hub Hostel は部屋を空けて待っていてくれた。1泊目の宿泊費は支払っているのだから当たり前、と言えば当たり前なのだが、昨年夏のインドネシア/タナトラジャの RIANA GUEST HOUSE + AGODA のように、到着が翌日早朝になったら部屋がないと言われ更にはちゃんと全額課金されているという悲しい例もあるのだ。レセプションで遅れた事情を話したら、「それは大変でしたね、まぁシャワーでも浴びて休んで下さい」。これは人気が出るわけだ。RIANA GUEST HOUSE とは雲泥の差だ。部屋は個室を予約しておいた。

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バス、トイレ共同のダブルで、1泊417UAH + tax 20% =500UAH(約5440円)。8月のキエフでこの価格は上出来と言って良い。部屋代は季節や部屋のタイプで異なるが、2014年現在ではユーロ建てになっており、ドミトリーなら1ベッドで8.55、シングルなら21.85ユーロのようだ。ちなみにドミはこんな感じ。

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ネット環境も整っていて回線もなかなか速い。リビングの片隅には少し古いMacが置いてあって自由に使うことができる。もちろん自分のPCをつなぐことも可能だ。

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ホステルやゲストハウスを名乗る宿には大抵コモンスペースがありそこそこ快適なのだが、The Hub Hostel もその例に漏れない。地下には使い広いリビングとキッチンがある。外食が高価な割にはあまりおいしくないキエフの食事は、ほとんどここで自炊することになったが、それもこの使いやすいキッチンがあってこそだった。

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キエフは、今現在でこそちょっと旅行しにくい状況だが、シリアなどのように長期に渡って状況が泥沼化する気はしない。現在の混乱した状況は多分ここ数ヶ月がヤマで、その後はまた魅力的な旅行先に戻る気がする。状況が改善して最度キエフを訪問したら、私はきっとまたここに泊まるだろうな。




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タグ:キエフ HUB

2014年03月08日

2012黒海西側を行く5 結構お高いキエフの食事事情

 
前回の記事を読んだ知人から、「なんだ、あの怪しい寿司は?」と質問されてしまったので、今回はキエフの食事事情について少し書いておく。宿のスタッフに、周辺のレストランについて尋ねたら「作り置きの料理でもいいなら」という条件で、Пузата Хата (puzatahata/プサダハタ) いうカフェテリアを勧められた。宿から徒歩10分弱、地元の人にも人気の店なのだそうだ。ほうほう、早速行ってみようじゃないか。

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学食のカフェテリアのようだが、ウクライナ語ができなくてキリル文字も1字ずつ脳内置き換え作業を行ってやっと発音できるレベルの語学力の私には、物をみて選ぶことが出来るメリットは大きい。ウクライナ料理と言えばボルシチ、ヴァレーヌィク、各種揚げパンといったところだろうか。どれも「ロシア料理だと思っていたら起源はウクライナなんだな系」のメニューだ。「ちょっと充実したランチ」路線を狙ったらこんな感じになった。

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ウクライナチキンとハンバーグをメインに、米料理とパン、水をつけて51フリヴニャ。お味の方は「不味いことはないが、だからといって美味しいと大喜びする程でもない」水準だ。お値段は当時のレートで600円強。平均月収が3−40000円、ローカルのタバコが8.5UAH、マルボロが12.5UAH、偽マクドナルドのセットが10UAH前後であることを考えると、プサダハタはこれでなかなか高価なお店なのだ。国内にはキエフを始めオデッサなどにも店があり、地下鉄構内には大きな看板もあった。大企業なんだな。

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ちなみに偽マクドナルド(McFoxy)とそのメニューはこんな感じ。本物と並んでいる辺り、風格があるなぁ。

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ファストフード、カフェテリア以外の Made to order のレストランは、もちろんもっと高くなる。私は定期的に和食が恋しくなるタイプなので、その種の店を探してみたが、どこも結構お高い。「村上」という安めのメニューを出しているチェーン店で一番安い素うどん単品だけを食べてみたけれど、それでも500円位はする。味は「乾麺のきしめんを使った塩バターラーメンのようなもの」というここでしか食べられないものだけれど。

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「このクオリティのメニューにあの対価を支払うのは納得できない」という人はスーパーや市場で何かを買って帰るなり、自炊するなりするしかない。私はそうした。まずは市場だ。

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外国人と見ると鮮魚売り場でやたらキャビアを売ろうとするが、あとは至って普通の古い市場だ。購入単位がやや多めになりそうな気もするが、ここで肉でもかって焼くのも良さそうだ。次は、スーパーマーケット。

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そうだそうだ、ビールを買って冷蔵庫で冷やしておかなければ。やっぱりスーパーは使い安いな。パンやお総菜が豊富なのも良い。特にこのBILLAはお総菜の種類が豊富だったので、キエフでの食事は基本的にここに依存することになった。前回の怪しいお寿司も、ここ買った。この「東」というパッケージ寿司のメーカーはウェブのトップページに鯉の絵を描いているといて困惑する。誰が鯉の寿司なんか食うか!!味も「魚の肉片や海苔と米を使った、山葵と醤油で食べる寿司のような食べ物」と書くのが適切な気がする。


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そういう訳で、私のキエフでの夕食はこんな感じになった。

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ヨーロッパは西も東も外食が割高で困る。




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2014年03月09日

2012黒海西側を行く6 キエフ/ペチェールシク大修道院でロシア正教の力を思い知った件

 
キエフの人口は約280万人。東ヨーロッパ古の都市で、キリスト教の聖地でもあるらしい。ドニエプル川沿いに広がる、美しい街だ。まずは地下鉄とバスを乗り継ぎ、世界遺産に指定されているペチェールシク大修道院まで出かけてみる。入口は、至聖三者大門教会と呼ばれる美しい12世紀の建物だ。

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(至聖三者大門教会)


そしてここをくぐると、この種の美しい教会や聖堂、修道院がうじゃうじゃと登場する。

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(聖三位一体教会)

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(ウペンスキー大聖堂)

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(大鐘楼)

一つ一つの教会や聖堂にはそれぞれ特徴や見どころがあり、集中して見学すると2時間で脳が疲れるほどだ。ルーシ(キエフ大公国)の昔に建立され、その後様々な政権の元、時には政権に従い時には政権と争い規模を大きくしていった歴史ある大修道院、見所が多いのは当たり前だ。

ここは教会や聖堂が集まる「上の修道院」「下の修道院」の2つのエリアに大きく分かれているが、絶対に見逃してはならないのは、上の修道院のウクライナ歴史文化財博物館に所蔵されているスキタイの黄金の首輪と、下の修道院の地下洞窟墓地だと思う。どちらも撮影禁止で画像はないけれど。 

(実際には検索すれば画像はある。
スキタイの黄金の首輪はここで、地下洞窟墓地はここだな。)


2500年前に作られたスキタイの黄金の首輪は、美術品にほとんど興味を持たない私すら見入ってしまう精緻な彫刻がなされたもので、サルマタイやスキタイ文化を象徴する逸品だ。動物が生き生きと描かれているのは、さすが放牧民族だと素直に関心してしまう。これを見るためだけにキエフにくるのもありだ。








地下洞窟墓地は下の修道院にある。

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(十字架昇天教会にある「近い洞窟」入口)

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神聖な場所なので、肌を露出した服装では入ることができない。教会や聖堂を訪問するときの常識ではあるけれど、ここでは特に洞窟墓地で厳しい制限を受ける。もちろん撮影も禁止だし、旧ソ連時代に通ることができたという遺体が多くあるエリアには、信者以外入ることはできない。ただ観光客が歩くルートにもミイラ化した遺体があり、その一部を見ることはできる。入口で売っている小さなロウソクは、中で捧げるものと言うよりミイラを見るための光源として利用されている感じもないではない。 タナトラジャのロンダでも、ローマのカタコンベでも思ったけれど、キリスト教の世界では、遺体が人の目に触れることにあまり抵抗が大きくないんだな。魂の抜け殻だと考えているからなのか、あるいは最後の審判の時にどうせ人目に触れると考えているのからなのか、どちらなのだろう?









上の修道院と下の修道院は、トンネルのような階段通路でつながれている。

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ここは記念品やお土産を売る売店コンコースとなっているのだが、中には聖者の肖像を掲げ、それに触れたりキスしたりさせることで寄付を受け取るものがあった。

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聖者の象徴や肖像になにがしらの寄付をすることはあるだろう。しかし、小さな店のような場所でそれを行うことは、個人的には結構理解に苦しむスタイルだった。もちろん肖像を掲げる人は僧侶かそれに近い人なのだろうし、理屈の上ではあり得るのだろうが、それを個人的に行うことは、まぁ、その、いろいろ差し障りがあるような気がしてしまうのだよ、日本人のおじさんとしては。だって俺が道端にお釈迦様の絵を置いてさわらせて金を受け取ったら、やっぱりまずいだろ?

しかしウクライナでは、ペチェールシク大修道院以外でも、聖者の肖像を掲げて寄付を受け取る屋台がぽつぽつあり、更にはそこでありがたそうに肖像にキスをして寄付を置いていく人も結構いた。ウクライナには信仰心の篤い人が多いのかもしれないな。




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2014年03月11日

2012黒海西側を行く7 チェルノブイリ1日ツアー@

  
チェルノブイリ原子力発電所の見学が一般人に許可されたのは2011年だった。

ウクライナ政府は、「30km圏内なら5日程度、10km圏内でも1日以内ならば健康に影響はない」としてチェルノブイリの一般開放を決定した。正確な時期はいつ頃だったのだろうと今調べて見たら、事故後25年経過した2011年の2月とのことで、福島第一原子力発電所の事故直前だったことに驚いた。もちろん私がこのツアーの存在を知ったのは福島の事故以降のことなのだが、もし福島の事故がなくともチェルノブイリには行っていただろうと思う。ここは間違いなく「人類の犯した悲惨な出来事」の現場であり負の世界遺産的な意味合いを持つ重要な場所だ。

「一般に開放」と言っても、自由に出来る出来るわけではない。事前にツアーに申し込み、政府の係員が同行する。しかも日帰りでも約$150と結構な金額だ。しかしウクライナを訪問してチェルノブイリを見ないのは、広島にいって原爆ドームを見ないようなものだ。宿はゲストハウスでも、食事がスーパーのお総菜でも、必要な出費を削ることはできない。私は出国前に最も対応が良かった代理店に氏名やパスポート番号など必要な情報を送りPaypalで$49の予約金を支払い、当日の集合場所であるDnipro Hotelに向かった。

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この日の参加者は、私以外はアメリカ人1名、フランス人2名の合計4名。ホテルにやってきた担当者に残金を現地通貨で支払いツアーが始まる。事前に聞いていた話では「バスに乗せられて現地到着までチェルノブイリ事故に関するビデオを見る」はずだったのだが、自家用にしか見えない普通のワゴン車に乗せられる。キエフからベラルーシの国境に近いチェルノブイリまでは約150km、車で約2時間の距離だ。



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ちなみに私の使ってきたガイガーカウンターによると、キエフ郊外の放射線量は当時の千葉県柏市の平均的な値よりも低い。

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最初の見学地となるのは炉心から30kmゾーンのチェックポイントだ。

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ここで私たちはガイドとなる政府の係員と合流し、ツアー内容と注意事項が書かれたレター使い捨てマスクが配られる。いやいや、私日本からもう少ししっかりした作りのマスクを持参しましたから。中国製の怪しいやつだけれど、自前のガイガーカウンターも持参していますから。

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ゲート近くには事故の犠牲者を悼むモニュメントがある。チェルノブイリ原発事故による死者数は、旧ソ連の公式発表では「運転員・消防士合わせて33名」ということになっている。ちなみに原子力の平和利用を推進する立場のIAEAでは約4000名というのが公式見解だ。

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ここから先が制限エリアの30kmゾーンとなる。"DANGER"と書かれたゲートが上がり、我々は旧ソ連やウクライナ政府が「放射性物質による汚染のため、入域を制限する必要がある」と判断したエリアに入る。

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当時の柏の一部より、ずっと低い放射線量だったけど。

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2014年03月14日

2012黒海西側を行く8 チェルノブイリ1日ツアーA/チェルノブイリ市の売店で記念品を買う

 
チェルノブイリ市は、原子力発電所の南東20km弱の場所にあり、ここには原発事故処理に従事する作業員たちが住んでいる。私たちを乗せたワゴン車は、このチェルノブイリ市にある売店に停車した。ガイガーカウンターを取り出してみたが、示される数字は例によって当時の柏市内と変わらない。いや、むしろ低めの数字だ。

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売店は、ぱっと見、日本人の感性だと「準備中」を思わせる外観なのだが、ロシアや旧CIS諸国、東欧あたりではこれが鋭意営業中の姿であることは普通だ。さすが旧共産圏、売店と言えどもあまり派手な看板による腐った資本主義的営業活動は行わないようだ。というより、ここ以外買い物する場所なんてなさそうだから、放って置いても客は来る。あまりぱっとした物は売っていないのだけれど。 

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ほとんど生活必需品しか売っていない中、恐ろしく工夫のない"Чорнобиль(チェルノブイリ)"と書かれたプラスチックプレートがあったので、購入してする。どうやら私は、この土地を訪れたことを思い起こす記念品が欲しかったようだ。こういう素直な気持ちが自分の中に残っていることに驚いたが、これはきっと心の片隅のどこかに「もう2度と来ることがないかもしれない」という気持ちがあったからだろう。ちなみに"Чорнобиль"は、私が見た瞬間に理解することができる数少ないキリル文字となった。


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売店の前には消防士のモニュメントがある。チェルノブイリ原発事故に最初に出動したのは33名の消防士であり、2名の消防士がその日のうちに、他の方々も全員亡くなったと言われている。その日のうちに亡くなる程の急性放射線障害とは想像を絶する。このモニュメントの後ろにあるのはやはり消防隊員の宿舎らしい。そうだよな、事故処理作業の現場にだって消防隊は必要だよな。

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チェルノブイリ市内に入る少し前には、「村の墓地」がある。原発事故で廃墟となった村の看板が並ぶ小径があり、その道を行って戻ろうとすると、名前が斜線で消されている。

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この中には"Чорнобиль"の文字もあったが、皮肉なことにチェルノブイリは事故処理の前線基地として蘇っていた。原発の北西約2kmの場所にあった原発で働く人とその家族が住んでいたプリピャチ市が完全な廃墟と化しているのに対し、チェルノブイリ市には生活の匂いがあった。売店の品揃えは日本の離島のより悪かったけれど。





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2014年03月15日

2012黒海西側を行く9 チェルノブイリ1日ツアーB 廃墟と化したプリピャチ市

 
私たちを乗せたワゴン車は、チェルノブイリ市内を出て原子力発電所の西側を通り、廃墟と化したプリピャチ市内に向かう。今まであまり反応しなかった私のガイガーカウンターは、ここで大騒ぎを始めた。







炉心30km圏内の統制地域やチェルノブイリ市ではあまり高い値は出ず、毎回「こんなんじゃ俺の地元の方が放射線量高いぞ!」と書いてきたわけだが、いきなり5μSv/hとか6μSv/hとか今まで見たこともない数字を表示され、さすがにびびり始める。と同時に私の怪しい中国製ガイガーカウンターがちゃんと機能していることに感動する。一時10万円を超える値段で売られていて、その足下を見る売り方が製品自体の信用も怪しげに見せていたけれど、それなりに参考になる働きをしていたわけだ。出来も素性も悪いけれど、長い間生活圏や東日本の放射線量測定録画に使ってきた愛機だっただけに、ちょっとうれしい気持ちもないではない。被爆中に考えることじゃないけれど。









プリピャチ市。

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チェルノブイリ原子力発電所エリアの北端から約2km、発電所から約4kmにあるこの街は、原子力発電所で働く人とその家族が暮らす、旧ソ連の地図にない閉鎖都市だった。事故までは5万人近くの人が暮らしており、ホテルや体育館に室内プール、遊園地などもある街だった。廃墟と化したホテルを眺めていると、スタッフが事故前の写真を見せてくれた。

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廃墟と化したプリピャチ市の中心部を歩く。

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原発従業員の住居だったアパート。「個人の所有エリアなので」ということで、室内は見せてもらえない。

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ちょっとだけのぞき見。部屋は2DKか3DK、50平米はなさそうで、思ったより狭かった。

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廃墟巡りはまだまだ続く。




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2014年03月16日

2012黒海西側を行く10 チェルノブイリ1日ツアーC 汚染された遊園地と保育所


プリピャチ市は、原子力発電所の従業員が子どもを育てるための施設も充実していた。保育所遊園地、もう少し成長した子どもたち(あるいは大人)のためには体育館温水プールもあった。街には川もあり美しい森に囲まれ、育児には理想的な環境だったように思える。原発から2〜4kmの至近距離という事実以外は。

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この遊園地は、遮るものなく原子力発電所に向けて開けている位置にあるため、プリピャチの中でも放射性物質が多く集まった。大人が何よりも守らなければならない子どもたちのための施設なのに、廃墟と化し汚染されていることが、なんとももの悲しい。



スタッフが、アスファルトで固められた地面の一点を指し示して、ここにガイガーカウンターを置いてみろ、と言う。

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なんだよ46.7μSv/hって!


このガイガーカウンターは1年半くらい北海道から九州まで日本のあちこちで放射線量を観測してきたけれど、どんなに数値の高い場所だって1μSv/h台が最高で、2μSv/h台の表示なんて見たことはない。46.7μSv/hなんて、むしろ「このガイガーカウンターでもそんな高い数値をちゃんと計測して表示することができるんだ!」と見当違いの驚きを感じるレベルだぞ??

スタッフによると、このただ事では放射線量は、プリピャチの遊園地の中でもいくつかのポイントでのみ観測されるらしい。その範囲は必ずしも広くはなく、感覚的には「直径50cmの特定の部分だけ極めて高い」という感じだ。こどもの足でも数歩歩いただけで、極めて放射線量の高いポイントとそうではないポイントを行ったり来たりすることになるんだな。こんなに狭い範囲だけ高濃度汚染がされているなんて、その気になって調べなければなかなか分かるはずはない。日本にもまだ見つかっていない似たような場所は結構あるんじゃないだろうか?

「原子力発電所の敷地の中や、鉄道の線路には、100μSv/hを軽く超える場所も多くあります」とスタッフは言う。彼らは見学者がそういう高濃度汚染ポイントに近づかないように見守る役割も担っている。そのスタッフ自身はと言うと、被爆を考慮して、勤務日数は他の公務員の1/2とされているそうだ。









子どものための施設と言えば、チェルノブイリ市郊外には保育所もある。

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そしてこれが、もしかしたらあの有名な「日曜日の遠足は中止になりました」の日誌なのかもしれないが、スタッフに内容を確認するのを忘れてしまった。撮影しておけばあとで分かるとも思ったのだけれど、読みにくい…

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2014年03月17日

2012黒海西側を行く11 チェルノブイリ1日ツアーD チェルノブイリ原発職員食堂のランチがなかなかおいしく、更には冷却水中の巨大ナマズもグルメだった件

 
かつて5万近くの人が住み今やゴーストタウンと化したプリピャチを見学した後は、ランチの時間だ。チェルノブイリ原子力発電所の中には、ここで働く職員のための社員食堂が何カ所かある。ランチはこの社員食堂でいただく。他に食堂なんかないからなぁ。

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時間はもう午後の2時に近い。お腹が空いたので食堂に飛び込んで行きたいところだが、この建物の入口にはホールボディーカウンターがあり、そこで全身の放射線量を測定しなければならない。職員が安心して食事をするためには必要な手続きなのだろうな。もちろん私たち見学者も例外ではない。

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職員食堂はカフェテリア方式になっているが、メニューは一種類しかなく「今日は何を食べようかな」的な楽しみはない。並んでいるメインやサラダ、パンや飲み物などをひとつずつ取っていく。ちなみにこの食事はツアー料金に含まれている。そりゃ$150も払ったもんな。

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本日のメニューは、本場のボルシチ、チキンのピカタ、ハムのサラダ、デザート、パン。これが結構おいしい。どの料理もプサダハタより少し上を行く感じだ。ランチの時間を過ぎても私たちを待っていてくれた食堂のスタッフにお礼をいいつつ記念撮影。おいしい料理をつくりそうな雰囲気の方じゃぁないか!

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メインだけでも十分な量の食事なのにパンを取ったのは、ここの大ナマズに餌として与えるためだ。

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チェルノブイリ原子力発電所の冷却水貯水池には、体長4メートルの大ナマズがいる。最大のナマズは少し前に死んでしまったらしいが、それでも3メートルクラスのナマズが泳いでいて、職員や見学者からパンを与えられている。

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「チェルノブイリ原発の冷却水で育った大ナマズ」となると、これはもう「放射線の影響で巨大化したナマズだゴジラだ!!」と思って当たり前だけれど、ここにいるのはヨーロッパオオナマズという種類のもので、もともとサイズが大きく、ドナウ川で3メートルクラスのものが取れた記録もある。まぁそれにしてもここに住んでいる個体が大きめであることは間違いはなく、放射線の影響が皆無なのかというと、そうだとも言い切れない。難しいところだ。





ただ、この大ナマズがはよそのナマズより多少美食家であるようだ。

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 1. 大ナマズはフランスのチーズとフィレを載せた白パンしか食べません。
 2. 大ナマズは黒パンは食べません。
 3. 大ナマズは1/4より大きな塊のパンは食べません。
 4. パンを投げるときは口で合図をすること。
 5. パンをナマズにぶつけて意識不明にしたり殺したりしないこと!


贅沢でひ弱な、ブルジョワ大ナマズだなぁ。





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2014年03月18日

2012黒海西側を行く12 チェルノブイリ1日ツアーE 石棺の前

 
チェルノブイリ原子力発電所の事故が起きたのは、1986年4月26日。旧ソ連では大イベントであるメーデーの直前だった。プリピャチ市役所の片隅には、メーデーで使うはずだったお偉い様方の肖像等が放置されている。

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キエフでチェルノブイリについて話した時、ウクライナ人の1人は「日本はチェルノブイリの事故処理にいろいろ支援をしてくれているんだけれど、ロシアは何もしないよなぁ」と言っていた。ここでもこのメーデー用のプラカード類は、どちらかというと「晒しモノ」に近い感覚で紹介されていたような気もする。

この時のウクライナの首相は、最近失脚したばかりの、親ロシア派であったヤヌコヴィチ。政府的にはロシアやソ連の悪口はあまり歓迎されないのではないか、と思うのだが、この頃でもキエフには心情的にEU寄りの人が目立っていた気がする。キエフの中心部には、ガスの女王支持派によるこんなオブジェが展示されてくらいだ。ウクライナもキエフや西側も、今独立をしようとしているクリミア半島あたりとはロシアに対する心情が違っているんだろうな。実際1ヶ月前の2014年2月には、キエフ市内の反ヤヌコビッチデモ隊が100人近く殺害されていて、それを「ロシアの特殊部隊や狙撃手の仕業だ」というウクライナ市民もいる。

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最後の見学地は、メルトダウンの後爆発を起こした、チェルノブイリ原子力発電所4号炉だ。

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石棺。

メルトダウンと爆発を起こした4号炉は、大量の作業員を動員によりコンクリートの建造物で覆われた。このコンクリートの建造物がいわゆる「石棺」で、その耐用年数は約30年と言われている。つまりそろそろ耐用年数を超える時期なのだ。更には、この中には数名の職員や行方不明になった作業者の遺体があるのだが、未だ搬出されていない。搬出が可能になるまでには数世紀かかるとも言われている。何しろこの中には当時あった燃料の約95%が残されており、開けて処理するのでななく、更に丈夫な石棺で覆う方針のようだ。シェルターで覆う計画もある。要は手も足も出ないということだな。

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日本語版wikipediaによれば、チェルノブイリの事故後、日本の政府は「『日本の原子炉はアメリカ型で、事故を起こしたソビエト型とは構造が異なり、同様の事故は起きない』という説明を行った」とある。しかし、巨大な震災のためとは言え同様の事故は日本でも起きた。100%の安全なんてものは、世の中にはそうそうない。

ましては人間なんて知恵が足りない割には欲深い。過ちはあたりまえのように繰り返すし、反省するには1度や2度の失敗じゃ足りない。更には欲深でケチだから、目の前の利益のためには大抵のことに目をつぶる習慣もある。 悪く言いすぎ?いやいや、そんなことはない。少なくとも私自信は今書いたとおりの人間だ。世界は、安い電気が欲しさに取り返しのつかないことを2度しでかしたけれど、何十年もしないうちに3回目が起きるかもしれないな。







ちなみに、ガイガーミュラー管が小さく数値が乱高下する傾向のある私の私の中華ガイガーカウンターは、11〜13μSv/hを示しているが、スタッフの持っているウクライナ製のTERRA-Pは3Sv/h前後の数値を示していた。多分、日常業務としてここで案内をする政府職員の持っている物の方が、正確な数値を示しているのだろう。

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チェルノブイリ原発事故で国土を汚染されてしまい、そのため自国製のガイガーカウンターの性能が上がり、他国でも高い評価を得るようになったとは、なんともいえない、皮肉な話だ。







30km圏内を出るとき、私たちはもう一度ホールボディーカウンターによるチェックを受けた。

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幸いなことに、食堂でもここでも誰もチェックには引っかからなかった。プリピャチ市内の放射線量を観測すると、半径50cmくらいのピンポイントでやたら放射線値の高かった場所がある。あれには「高濃度で汚染された何か」「いろいろあって放射性物質が凝縮されて集まった何か」があるんじゃないか、と思わせられたが、ここではそういう何か衣服や体に付着していないかを調べるのだろう。

試しにガイドに「ここでチェックにひっかかったらどうなるの?」と尋ねてみたが、「まだそういうケースを経験したことがないので分からない」とのことだった。更にしつこく「じゃ、もし高い数値が出たらどうするの?」と尋ねたら、「本部に報告する」とのこと。

「その後は」と聞いたら、「さぁ、どこかに行って検査を受けるんじゃないの?」と笑っていたけれど、その "Somewhere" という言葉には多少の迫力を感じた。遺体を放置したまま封印する石棺を見たばかりだったからなんだろうな、きっと。




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2014年03月20日

2012黒海西側を行く13 ウクライナ・オデッサまでバスで移動した件

 
オデッサは、ロシアの女帝エカチェリーナ2世によって整備された港町で、「黒海の真珠」と呼ばれる。ウクライナの首都キエフからは、夜行列車や高速バスの便がある。楽しいのは列車だけれど、便数が多く切符が取りやすいのはバスだ。希望日の寝台確保に失敗した私はその足でバスターミナルまで行き、前日にチケットを購入しておいた。キエフからオデッサまでは、約7時間の行程だ。

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車内も高速道路も快適だ。ちゃんと昼食の休憩もある。ウクライナの穀倉地帯を眺めたりうたたねをしているうちにバスはオデッサに着いた。夜行列車のチケットは取れなかったけれど、これはこれで楽しいドライブだ。


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オデッサバスターミナル。

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路面電車で街の中心部に出る。目指すのは今夜の宿であるLAFAだ。

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↑ オデッサ路面電車路線図。この画像のみクリックで拡大します。今回のネタはこれ(笑)




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2014年03月22日

2012黒海西側を行く14 ウクライナ・オデッサのお勧めホステル、LAFA とその詳細


オデッサは黒海に面したリゾート地だ。
ウクライナで海といったら黒海しかないわけで、夏になると海水浴を楽しむウクライナ人が黒海沿岸にやってくる。オデッサはその中でも一番大きくて華やかな都市だ。したがって夏のオデッサは宿代が高い。ビーチ近くにはウクライナ人が泊まる安めの宿もあるらしいのだが、私はどちらかと言えば街に泊まりたい。キエフの The HUB で「オデッサならLAFAがいいよ」と聞いていた私は、バスターミナルから路面電車に乗って街の中心部に向かい、教わっていたカフェを探す。住所はрецька вулиця, 50(Grecheskaya ulitsa, 50)とあるのだが、この住所で宿を探すのはかなり難しい。WUCOというこのカフェがLAFAの入口だ。

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WUCO横にあるрецька вулиця, 50とある黄色いサインを中に入ると、中は中庭になっている。中心部の古い建物なだけあって「風格」もあるな。ちょっと見方を変えればおんぼろビルだけど。

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どこにLAFAがあるんだと悩んでいたら、奥のドア横に小さなサインがあった。"Looking for LAFA?" うんうん、looking for してるよ、LAFA。ここから階段を3階まで上りきったところにオデッサの秀逸な安宿LAFAがある。

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The HUBも、周辺で迷いながらうろうろしてやっと入口を見つけたが、ここを見つけるのはもっと時間がかかった。「WUCOというカフェの横を入る」ことを知らなかったため、道路沿いばかりを探してしまったのだ。рецька вулицяは決して細い路地ではないのだけれど、キリル文字だと地図を読むのにも時間がかかる。ウクライナの安宿探しでは、まるで情報処理能力と移動能力を試されているかのようだ。私はどちらも低いため、時間がかかってしまったって訳だな。







さて、LAFAの第一の魅力は当然「宿泊費が安いこと」なのだが、他の安宿より評価が高いのは、その清潔さ施設の良さ、そしてスタッフの親切さによる。

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ドミが70UAH(≒690円)ダブルが宿泊人数によって170-250UAH(≒890-1680円)とロケーションと内容を考えれば、ウクライナ大都市の宿としては結構安い。日程が直前まで決められなかったので、希望していたダブルは先に予約が入っていた。The HUB に比べて、ドミと個室の差額が小さいのも魅力だったんだけど、ここには個室は1室しかないので倍率はかなり高い。かなり早い予約が必要な気がする。

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共同のバスルーム。バスはここ1ヶ所しかないけれど、とても快適だ。混雑すると嫌なので、早い時間に使っておく。ちなみにここにある洗濯機は10UAH(≒97円)で使うことができる。アイロンは無料だ。

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ついでに、wifiやお茶、タオル、ビリヤード、コピーやプリントも5枚まで無料だ。

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ちょっと狭いけれど、キッチンもある。基本的にとても良い宿なのだけれど、Thw HUB あたりと比べると、どうしてもパブリックスペースの狭さなどスペース的に見劣りはしてしまう。キッチンも、次の人がコンロやテーブルが空くのを待っていることもあった。雑談の場所は、レセプション前のスペースくらいだったし。


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オデッサもキエフ同様、レストランやカフェテリアの相場は平均収入から考えても安くはない。まぁこれはヨーロッパ全般に言えることでもあるな。それは決して物価の問題だけでなはない。例えば香港やタイでその辺の屋台や小さな店で安い食事がしやすいけれど、ヨーロッパではそういう施設があまり多くない気がする。ディズニーの映画「ピノキオ」のに「♪レストランで食事、素晴らしいのさ!」という歌があったけれど、基本贅沢、なんだろうな。当然私も食事はスーパーで買ってくる。近くのスーパーは、キエフのBILLAよりお総菜が充実していたので、調理もほとんどしない。ただ食器を借りてその上に乗せるだけの食事となった。

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ちなみに、あまり知られてはいないけれど黒海西岸はワインの産地であり、オデッサにはNIVAを始めいくつかのワイナリーがある。できれば夕食の時にでもオデッサのワインを飲んでみたかったのだが、テーブルワインでも1000円前後してしまうので諦めた。ウクライナは一応ヨーロッパなのでいわゆるニューワールド(新興ワイン生産国、アメリカやチリ、オーストラリアなど)とは一線を画す。今何かと物騒なクリミア半島南部では、紀元前4世紀にはワインが作られていた。更にはロシア皇帝直轄地としてのオデッサ初代市長がフランス人だったため、フランス系のワイナリーもある。知る人ぞ知るオデッサのワイン、侮り難し、なのだ。





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2014年03月23日

2012黒海西側を行く15 オデッサの街を歩いたらポチョムキンの階段に行き着いた件

 
LAFAホステルは、オデッサ市街地の中心であるデリバソフスカヤ通りのすぐ側にある。街歩きにはもってこいの場所だ。そしてオデッサは、その街歩きがとても楽しい。

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Teatralnaya Squareの国立オペラ・バレー劇場。かつてチャイコフスキーも指揮をしたこの由緒ある劇場では、日本では考えられない値段でオペラを鑑賞することができる。しかし、私が訪問した8月はバカンスのシーズンだったし、もし上演があったとしても、常時4900円の3wayバックパックだけを機内持ち込みしている私には着ていく服がない。シンデレラみたいだな、俺。






まぁ、着る物はなくても散歩はできる。

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しかしなんだ、このオデッサという街は、帝政ロシアの匂いがむんむんしている街だな。


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い、いや、これは失礼しました。オデッサはロシア第1革命の時期に反乱を起こしたあの戦艦ポチョムキンとゆかりの深い、旧ソビエト連邦にとっても重要な土地でした。ここは、あのポチョムキンの階段じゃないか。

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ポチョムキンの階段は、正しくは「プリモスキーの階段」といい、オデッサの港と市街地を結ぶ「怪物のような階段」として1837年に着工され1841年に完成した。上の2枚の写真でもわかるように、階段の上から下を見ると踊り場しか見えず、階段の下から上を見ると踊り場が見えないという、ちょっと凝った設計になっている。また階段を横から見ると、水際から街のある高台まで、結構強引に石を積み上げて作ったことが分かる。

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じゃぁなぜこの由緒正しいプリモスキーの階段がポチョムキンの階段と呼ばれるようになったのかというと、1925年に作られた旧ソ連のサイレント映画、「戦艦ポチョムキン」のせいだ。






映画によると、1905年7月に兵士たちが階段にいる人たちに発砲し虐殺した、ということになっているが、どうやらこれはエイゼンシュテインの演出というか創作だという説の方が有力だ。ただこのシーン、特に乳母車が階段を落ちていくシーンは多くの人の記憶に残ったようで、やたらとパロディに使われたりしている。いろんな意味で有名な階段なわけだ。

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階段下から階段上までは、ケーブルカーが設置されている。別にこんなものなくてもと思わないでもないが、1906年にはもう出来ていたのだそうだ。そんな贅沢でだらしないものだから、水平たちに反乱を起こされてしまったんじゃないのか > 帝政ロシア。

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2014年03月25日

旅のリアルタイムメモ 那覇最強のゲストハウス、民宿月桃

 
LCCのおかげで頻繁に沖縄に来ることが出来るようになった。訪問の頻度が増えると定番以外のスポットにも行きやすくなり、最近では久高島に泊まったりやんばるに泊まったりと、那覇に泊まる機会が減っていた。しかし今回は久々に那覇に連泊している。

那覇で安宿というとこれはもうゲストハウスだ。昔から那覇にはゲストハウスが多くあり、ドミトリーで1泊1500円前後が相場だ。ロケーションや清潔さ、更には設備などそれぞれに個性はあるが、ドミトリーの場合同宿する面子によって楽しかったりつまらなかったりするので、一概に「ここが良い」とは言いにくい。

「個室が欲しい」ということになると、ゲストハウスでも予算は3000円前後からになる。ところが那覇の場合タオルなどアメニティなしでシングル1泊2000円台、連泊なら2200円などという価格破壊ビジネスホテルもあり、安上がりな個室となるとゲストハウスも民宿もビジネスホテルも同じ価格帯での競争が行われている。そんな中、今回はここを選んでみた。




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民宿月桃

一見アパートのようなこの民宿は、ゆいれーるの県庁前から歩いて焼く10分、国際通りを少し離れた住宅街にある。シャワートイレつきと共同の2種類の部屋があり、それぞれ3500円/3000円で4連泊で500円引きのキャンペーンも頻繁に行っている。

シャワー付の部屋には、大小のタオルのほか、歯ブラシ、ドライヤー、テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、LANコネクタ、wifiなど、そのまま生活できるくらいの設備が整っている。エアコンは90分で100円だが、扇風機は無料だ。6畳+3条ほどのキッチンがある部屋は、うかつなビジネスホテルよりゆったりしていて快適だ。そしてなにより、この宿はどこもとてもきちんと掃除されていて清潔だ。この充実した設備と清潔さが人気の秘密なのだろうと思う。1日500円でお借りできる駐車場は4台分のスペースしかないので、レンタカー派の人は早めに予約をしておいたほうが良いと思う。

1階にはゆんたく部屋もあり宿泊客に開放されている。もしかして、ゆんたくもあるのかな?

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タグ:民宿 月桃
posted by 転々 at 20:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 国内旅行

2014年03月30日

2012黒海西側を行く16 ウクライナとモルドバ間の移動に伴う、沿ドニエストル共和国の問題

 
EC最貧国と言われるルーマニアの北東には、そのルーマニアをさえ「経済的に豊かな国」とうらやむヨーロッパの最貧国モルドバがある。




ウクライナからトルコまで黒海西側を南下するには、オデッサからイスタンブールに直行するフェリーに乗る手もあるが、モルドバ、ルーマニア、そしてブルガリアを経由する陸上ルートも面白そうだ。フェリーの日程が希望通りではなかったこともあり、私は陸路を選んだ。次の目的地はモルドバの首都、キシナウ(キシニョウ)だ。ウクライナのオデッサからキシナウまでは、列車とバスの便がある。オデッサの秀逸なホステルLAFAで出会ったモルドバから来た旅行者によると、「キシナウからオデッサまでの列車は、遅いし固い木の椅子だし、あんまりお勧めしない」とのこと。バスだと3時間程度の距離を6時間かけて走るのだそうだ。それはそれで面白そうだけれど、この列車には沿ドニエストル共和国を通るという説がある。



Transdniester_map.gifこの沿ドニエストル共和国というのは、「(あのロシアをも含めて)国際的に承認している国はないが事実上の独立状態にある」というたいそう厄介な「国」なのだ。

その名の通りドニエストル川沿岸を国土とする縦長のこの国は、東西に狭い部分は実に4km程度の幅しかない。これがモナコのような西ヨーロッパの小国なら「歴史的な都市国家なんだねぇ」で済むのだが、沿ドニエストル共和国はそうは行かない。ここは、旧ソ連が崩壊してモルドバが独立した時「このままじゃ大ルーマニアの民族主義に飲み込まれてしまう」と、ソ連時代にこの地に住んでいたロシア人たちが独立を宣言した「国」なのだ。

ドニエストル川沿岸には旧ソ連時代に作られた発電所や工場が集中する重要な工業地帯だったため、当然モルドバは独立には反対し、トランストリニア戦争が起きた。この戦争にはロシアやウクライナも志願兵を送り沿ドニエストル共和国はその国土を確保し、その後休戦となる。要はソ連時代に重工業を担ったモルドバのロシア人たちが、ルーマニア側、つまりは西側に飲み込まれるのを嫌っての独立宣言であり、なーんか、今のクリミアにすごく似ているなぁ、なのだ。

実際沿ドニエストル共和国の国旗は旧ソ連の「鎌と槌」の旗に緑の横線を入れただけの図柄だし、通過は(沿ドニエストル)ルーブルでここにも鎌と槌が描かれているし、パスポートにはCCCPと書かれている。つまりはここの人たちはまだソ連を本気でやってるのだ。そのロシアにも承認されてないのに。

最近沿ドニエストル共和国の中の人たちは、最近のクリミア情勢を受けて「クリミアを編入させてくれるのなら、うちだって入れてくれよぉ (ノД`)」と言っているらしいのだが、編入したところで飛び地となってしまうこの国、しかも背後にはルーマニアやECも見え隠れするモルドバが国土であることを主張しており、なかなかむずかしい気がする。クリミアは旧CISのウクライナかつ陸続きだから出来た、って側面もあるもんな。




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まぁ、旅行者にとっては休戦状態だろうが事実上の独立状態であろうが、普通に通して暮れれば問題はない。しかし、沿ドニエストル共和国の通過には2つの問題がある。


まず、沿ドニエストル共和国は出入国時、特に出国時にワイロを要求されるらしいのだ。それも1ドルや2ドルとかそういうレベルではなく、50ドルとか100ドルとかあるいは200ドルとか、現実的な大金を要求されることは日常茶飯事らしい。愛してやまない憧れの国が行列とワイロの国だったこともあるかもしれないし、どこからも承認されていないから他国の政府も公式に抗議はできないし、まぁ、やりたい放題な訳だな。ヨーロッパの国境で日常的なワイロに注意なんて場所は、他にない。


更にはモルドバにしてみれば、沿ドニエストルからの入国を公式な入国と認めるわけにはいかず、次の目的地(ルーマニア)に行かせてもらえないこともあるらしい。そりゃそうだよなぁ、だ。休戦状態にあって事実上独立国だとは言え、「沿ドニエストルからの入国」などモルドバ政府が認める訳がない。運が悪いとウクライナに追い返されることもあるようだ。この辺の事情は、外務省の海外安全情報・モルドバに対する渡航情報(危険情報)の発出でも呼びかけられている。

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地域情勢
 ●沿ドニエストル地域(トランスニストリア)
 :「十分注意してください。」(継続)
  上記1.のとおり、沿ドニエストル地域には、モルドバ政府の施政権が及んでおらず、仮に日本人渡航者が同地域での事件・事故等に巻き込まれた場合、モルドバ政府が十分な救済措置を講じることができない状況にあります。
  また、同地域の出入国管理所では、米国・EU諸国民の通過を認めない場合があるとの報告も確認されており、同地域への渡航に当たっては、予期せぬトラブルに巻き込まれる可能性も否定できません。つきましては、ウクライナ・モルドバ間を陸路で移動する際は、遠回りでも沿ドニエストル地域を避けて移動されるよう強くお勧めします。
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http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pchazardspecificinfo.asp?id=198&infocode=2013T055







と言うわけで、ウクライナからモルドバにトラブルなしで移動するには、次の選択肢がある。

・飛行機を利用する。
・鉄道の場合、キエフからキシナウに向かう
 (沿ドニエストルを通らない。)
・オデッサからバスを利用する場合には、Palanca/Tudora経由便にする。
 (沿ドニエストルを通らない。)







バス会社のチケット売りもその辺の事情は十分理解していてるが、ここではしつこいくらいに「沿ドニエストルを通らないこと」「Palanca/Tudora経由であること」を確認しておきたい。トラブル回避は自己責任だ。


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イミグレーションを抜けて、このスタンプを手に入れれば成功だ。口うるさいモルドバの出入国管理官も、何の問題もなくにルーマニアに抜けさせてくれる。

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どうしてもモルドバに直接行きたいという人には、日本からモルドバ行きの航空券を買うという手もあるけれど、モルドバに直行したい日本人がどれだけいるんだろう?最近モルドバが日本で話題に上がったのは、モルドバ出身のバンド、OZONEの「恋のマイアヒ」が売れた時だけだった気がする。



また、数少ない観光名所であるソロカ円形要塞はドニエストル川沿いにあるみたいだけれど、沿ドニエストル共和国の領土なのかモルドバの管理下にあるのかが私には未だ謎だ。少なくともオデッサ発からのバスは「沿ドニエストルを通る」とのことだったけれど。誰か確かめてくれよぉ!




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