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★重要なお知らせ★

このブログは引っ越をしました。
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ぜひ、新しいアドレスにお越しください。
こちらよりかなり見やすく、お探しの記事も検索しやすくなっています。


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2011年09月01日

2011 ボルネオ/ブルネイ7 ラブアン島(ブルネイへの船旅)

 
コタキナバルからブルネイへ直行する船はない

通しチケットを買った乗客はラブアン島で船を乗り換える。キナバルエクスプレスのラブアン島到着は午前11時で、ブルネイ行きの船が出るのが午後1時30分。通しチケットを買った客は2時間強をこの島で過ごさなければならない。

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ラブアンはマレーシア政府の直轄地で免税の島だ。ランカウイ島が免税のリゾート地として成功したため、2匹目のドジョウを狙うかのように、1990年オフショア化されたのだが、既に20年が過ぎてもリゾートとしても租税回避地としてもぱっとしない。

意気揚々と建てられた2軒のシェラトンホテルは撤退し、ファイナンシャルセンターなる、銀行や金融会社のオフィスが入ったショッピングセンターも閑散としているらしい。

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http://www.lfsa.gov.my/




この企画倒れの免税直轄島で2時間をどう過ごそうかと悩んでいたら、ターミナルの出口にこんなのがあった。

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おおお!レンタルバイク3時間RM20!!!

1日借りてRM35なのだから「もう一声」という気もするが、手が出ない金額じゃない。数ヶ月前の冬に台湾・金門島で突発レンタルバイクツーリングを行った私としては見逃せない。これは魅力的だ。島の観光案内地図を見る。


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あんまり魅力的じゃない。



ちょっと話を聞いてみると、島一番の繁華街は港周辺で「ファイナンシャルセンターにも店はあるよ」みたな言葉しか返ってこない。ターミナルの待合室が無料Wifiスポットになっていたので、iPadでラブアン情報を検索してみたが、なんだか微妙だ。2時間しかないのに無理して走り回ってもなぁ、という感じなのだ。煙突はちょっと見たいけれど、野鳥園とか水族館とか植物園とか、そういうのどうでもいいし…

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タグ:ラブアン島

2011年09月03日

2011 ボルネオ/ブルネイ8 ラブアン島からバンダルスリブガワン市内へ (ブルネイへの船旅)

 
ラブアン島の港には、コタキナバルやブルネイに向かう高速船の他、対岸ボルネオの MENUMBOK や SIPITANG に向かう小型ボートが発着していた。特にMENUMBOKは本当に「すぐそこ」的対岸で、日没も近い16:30まで結構頻繁に出発しているので、キナバルエクスプレスに乗れなくとも島に閉じ込められることはない。でも小っちゃいボートだなぁ。こんな小舟と(一応)国際航路が同じターミナルから出発するわけだ、ここ。

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もっともブルネイ行きの船だって、そんなに大きなものじゃないけど。

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ラブアンからブルネイ(ムアラ)までは1時間強とたいした距離ではない。ちょっとぽーっとしていたら着いてしまった。ここで晴れてブルネイ入国と…

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2011年09月04日

2011 ボルネオ/ブルネイ9 ブルネイ・バンダルスリブガワンの安宿・K.H.SOON

 
MASADA Backpackerには、ブルネイに行ってきた旅行者も多く、またこれからブルネイに行こうとするも多かった。半分程度はボルネオ島西部への経由地としてブルネイを通過するようだったが、残り半分は「コタキナバルまで来たから、ついでにブルネイも見ておくか」的人たちだ。旅行時間が十分じゃない私も当然後者だった。そういうわけでMASADAでは頻繁にこのような会話が交わされる。


「ブルネイには何泊したの?」

「1泊」

「え?なにもないたって一応一国の首都でしょ?それにバンダルスリブガワンのホテルに着くのは夕方5時前って言ってたじゃん。コタキナバルに帰ってくるにはブルネイ6時起きって言ってたじゃん。それなのに1泊ってあり??」

「(にやりと笑って)行けばわかるよ」



もちろん2泊、あるいは3泊した人もいるけれどそんな人も聞けば「1泊で十分だったかな」などという。どれだけ人気ないんだブルネイ、である。

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往復16時間かけて現地滞在13時間(しかも睡眠込み!)というのはどうにも納得が行かないが、宿情報はありがたかった。どうやら私には4つの選択肢がありそうだった。

1.定番のユースホステル、ドミB$10(650円)。
2.K.H.SOON、シングルB$33(2100円)から。
3.Jubilee Hotel、シングルB$85(5500円)から。
4.The Empire、スーペリアB$250(16000円)から

普通に考えれば1のユースなのだが、ここは係員が常駐しておらず、チェックインに時間がかかることがあるらしい。それに私のカバンにはラブアンで買ったビールが入っているが、ブルネイのユースでビールを飲むもは難しい。が値段は魅力だ。

2のK.H.SOONは「1泊ならここでいいんじゃないの」てき中華安宿だそうで、意外と推薦者が多かった。部屋について聞くとみんな苦笑いするのが不安だが。

3クラスになると、一応ホテルと言えるクラスで十分に快適らしい。市内には同じクラスのホテルが数軒あるが、Jubileeはロケーションで受けているようだ。

4のThe Empireはブルネイ王室が経営する7つ星ホテルだが、ふざけて書いているわけではない。スーペリアだと16000円くらいから泊まれてしまうのだ。ホテル自体が観光スポットになりそうだし、こういう宿に1泊するもの悪くはないと思う。ただ市内から20km程離れていて場所的には使いにくい。


より大きな地図で ブルネイ・バンダルスリブガワン を表示



まずは一番近い K.H.SOON を見て…

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2011年09月05日

2011 ボルネオ/ブルネイ10 ブルネイの水上集落、カンポン・アイール

  
ダウンタウンの安宿、時刻は午後4時過ぎ。さてどうしよう。

一度は見ておこうと思ってやってきたブルネイだが、実は見ておきたいものがあまりない。 だいたいこの国は観光資源が乏しい。市街地ではモスクに水上集落、王立宝物殿、郊外に足を伸ばしてジュルドンパーク7つ星ホテル・エンパイア、無理矢理山に入ればテンブロン国立公園というジャングル、ブルネイの観光スポットはこの程度だ。この中で多少の興味を引くのが、水上集落ことカンポン・アイールだ。日が暮れないうちに行ってみようじゃないか。


宿から南に3分も歩くとそこは川で、対岸が水上集落だ。近いってもんじゃない。

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ズーム。

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"Tugu Mercu Dirgahayu 60" という、国王の60才の誕生日を記念して作られたオブジェの横から、対岸に行く水上タクシー…、いや、なんでみんなこれを水上タクシーというのだ、ただのボートじゃないか!!、に乗る。片道50ブルネイセント(B$0.5)。運賃は宿のご主人に聞いておいた。

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(Tugu Mercu Dirgahayu 60)





1分もしないで水上集落に着いてしまう。なかなか散歩しがいのあるエリアだ。

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水上集落の家屋にも当然いろいろあるが、技術大国ニッポンから来た旅行者としては、どうしても基礎部分の違いに目が…

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2011年09月06日

2011 ボルネオ/ブルネイ11 ブルネイ・バンダルスリブガワンのモスクと街歩き


 
ブルネイの公用語はブルネイ語だが、これはブルネイ・マレー語とも言われていて9割方標準マレー語と同じだ。ただし、マレーシアではラテン文字で表記されることがほとんどだが、ブルネイの場合アラビア文字も使う。だいたいが、正式名称である「ブルネイ・ダルサラーム」の「ダルサラーム」が、既に「平和な土地」という意味のアラビア語なのだ。さすがビールを売らない国だ。

そういうわけで市内の道路標識には、ラテン文字とアラビア文字で書かれたマレー語が並ぶ。

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ブルネイが独立にあたって無理矢理アラビア文字を採用したわけではない。マレーシアも含め、このエリアではイギリス植民地時代以前には、ジャウィ文字というアラビア文字を使っていたのだ。アラビア文字はイスラム教を受け入れた様々な地域の言語を記述するのに使われている。

ブルネイ国内では実際にはラテン文字の表記が主なのだが、それでも気張って作った看板なんかには、ジャウィ文字(アラビア文字)が併記されているわけだ。

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(B$1.8均一店。約115円。)

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(カイゼン寿しも例外ではない)




ブルネイには人口の15%程度中国系の人たちが住んでいる。この人たちが店を開いた場合、看板に漢字を使わない訳がない。するとこうなる訳だが、

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欲張って英語表記もするとこう…
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2011年09月08日

スカイマークのバーゲンフェアをゲットするためのシェアウェア、3980円の価値はあると思った件。

 
6月にこのブログでも紹介したスカイマークの成田シャトルだが、就航日の旭川線を予約した。実は特段人気のあるフライトというわけではないようで、1日2便の成田-旭川線、1日1便の成田-新千歳線とも、今日の時点でも空席があったりする。


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(夕方便に未だ3800円の席あり!)


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(5800円の席あり)




こう見えても私はまじめに働いているので、朝9:30にパソコンの前に張り付くのは無理だ。実際今回のチケットも売り出し5日後あたりに購入したWeb割21(片道3800円)で、片道980円のWebバーゲンは当然の様に満席だった。むしろ発売後5日後にWeb割21が取れただけでも、個人的には驚きだ。



中には「どうしても片道980円で乗りたい。というより、980円で取れたら乗る」という人もいるだろう。その気持ちはとてもよく分かる。なにせとにかく安く旅行をしたい人なのだ、私は。もし仕事がなければ朝9時30分にPCにはりついて、予約合戦に参加するだろう。




ところが、この朝9:30の予約合戦、簡単にはいかない。


そりゃそうだ。980円なんて理不尽な安値は宣伝のためだし、座席数も6月のプレスリリースの時点でも「全席で28800席」だ。対象路線は成田-旭川/新千歳/那覇/福岡の4路線なので、単純に計算して1路線7200席。「Webバーゲンに出される座席数は1便につき20席程度」などという噂もあるが、結構現実に近い数字なのだと思う。これを日本中のPCが狙うのだから、サーバも混むし、競争率も高い。


しかしこの競争を勝ち抜くための結構強力な武器がある。それが…
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posted by 転々 at 22:54 | TrackBack(0) | その他いろいろ

2011年09月10日

2011 ボルネオ/ブルネイ12 ブルネイからコタキナバルへ逃げ帰る

 
スーパーで買ったB$2の弁当をぶら下げてK.H.SOONに帰ったら、部屋をシェアしたイギリス人青年は私より先に戻っていた。ずいぶん前に帰ってきてシャワーも浴びたらしい。
こんなにあっさり帰ってきた私よりも、ブルネイを楽しめませんでしたか、そうですか。


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「どこに行ってきたの?」
「うーん、水上集落を見て、モスクを見て、ショッピングセンターで食事をしてきた」
「で、どうだった、ブルネイ?」
「あっという間に見ちゃったし、フードコートの食事ですら高かったし、どうもなぁ」


バカ高いポンドで給料もらってる癖にケチな男だ。



「で、そっちはどうだった?」
「全く同じコース。でも弁当買ってきた。(笑)」


バカ高い円で給料をもらってる癖にケチな男だ。



ラブアンで買ってきたRM2のビールを飲みつつ、二人で今後のブルネイ観光について協議する。定番観光地であるテーマパーク、ジュルドン・パークも話題に上がったが、「片道B$25のタクシーをシェラしてまで、遊園地に行かなくてもなぁ」というのが共通の見解だった。このイギリス人とは気が合う。私もごついにーちゃんと遊園地に行っても、何も楽しくない。結局二人仲良く翌日にコタキナバルに戻ることになった。



ブルネイからコタキナバルまでは朝8時発の直行バスがあったが、飛び地のあるブルネイを抜けるのに、ブルネイ(東) → マレーシア(サワラク州) → ブルネイ(西) → マレーシア(サバ州)と3度も国境を越えなければならない。これが結構時間を食うらしい。これはこれで面白そうだけれど、わざわざ割高なB$45支払ってまでなぁ、とも思う。コタキナバルからブルネイまでのボートはRM53(≒B$21)、復路に倍以上支払うのは嫌…
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2011年09月11日

久々に本気で欲しいと思った腕時計、世界初のスマートウォッチ "I'm Watch"

 
デジタルがジェットが大好きで、旅先にもいろいろなものを持って行く。

個人的に「旅行カバンは機内持ち込みできるサイズ一つだけ」を原則にしているので、カバンの要領にはそんなに余裕があるわけではないのだが、それでもいろいろ詰め込んでしまう。ちなみに昨年夏の時点での旅先での装備はこんな感じだった。

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これから1年少ししか経っていないが、装備内容は微妙に変化している。

まず lenovo ネットブック、idea Pad S9をS10-3に買い換えた。別にS9が壊れたわけではないが、どうしてももう1台ネットブックを買う必要があり、そうなると2万円台で買えてしかも更に薄く軽くなったS10-3がベストの選択だったのだ。EeePCなどに走らなかったのは、S9が予想以上に丈夫でよく働いてくれたからだ。

iPodはiPad2の導入と同時に引退し、自動車専用オーディオとなった。またDSiも同時に引退した。iPad2恐るべし、である。

一応海外用の携帯電話であった日本のキャリアは解約済みのS21HTもバッテリーが消耗しないように気を遣いながら管理はしているが、どうしてもiPhoneを使ってしまう。iPodがでるまではアップル製品を使うことがほとんどなかった私だが、気がついたら身の回りがりんごマークだらけになってしまった。まぁ優れたモノなら毛嫌いする必要はない。



デジタルガジェットが大好きな私をしては、腕時計も「時間が分かればよい」だけでは満足できなかった。過去何度か旅の道具というカテゴリで私が決して大きくはない旅行カバンに詰め込む道具類を紹介してきたが、腕時計に関してはずっとプロトレックを愛用してきた。理由は簡単、丈夫で方位磁石を内蔵しているからだ。

しかし最近、私的に喉から手が出るほど物欲を刺激する腕時計が発表された

正直「もう新しい腕時計なんか要らないか、その辺の100均で適当なの買っておけばいいもんね」的に思っていた自分としてはかなり意外だった。それが…
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posted by 転々 at 16:09 | TrackBack(0) | 旅の道具

2011年09月15日

2011 ボルネオ/ブルネイ13 コタキナバルからサンダカンへ。そしてRM55の安宿 HOTEL LONDONの詳細


そろそろサンダカンに行こうと思う。コタキナバルからサンダカンへの交通手段は、バスか空路ということになる。


大きな地図で見る


何社かが運行しているバスは、ランチタイム込みで約6時間。5-6年前の情報ではRM40程度だったようだが、2011年ではRM50前後とのこと。前後というからにはRM40代のバスもあるのだろう。食事がつくことも多く、運が良ければ道中キナバル山も見られてなかなか楽しいバスらしい。

一方空路は毎度おなじみエアアジア。これは出発曜日やの予約が何日前かによって値段が変わる。例えば明日15日(木)のフライトを検索すると、RM106だが、

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その翌日16日(金)だとRM125、

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17日(土)だとRM77となる。

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これが23日(金)だといきなりRM53からとなって、マメにサイトをチェックしないと運賃は分からない。

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ここで気をつけておかなければならないことは、コタキナバルからサンダカンに行くバスの出発する北バスターミナルは、町の北東10kmのInanamにあり、市内からバスターミナルまでの市バスやミニバスはなく、北バスターミナルまではタクシーでRM30かかってしまう、ということだ。


エアアジアの最安運賃はRM53でバス代とほとんど変わらない。そしてこれも大切なことなのだが、コタキナバル市内から空港まではRM2の市バスがある。つまり航空運賃次第では飛行機の方が安いのだ。

RM66の空席を発見した私は、エアアジアのフライトでサンダカンまで行くことにした。タイムテーブルでは45分の距離だ。


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よく見たら16Aの表示もあったが、全ての16Aがターミナル2に行くわけではない。私は最初にミニバスの16Aに乗って「ターミナル2まで」と言ったら、「このバスは空港に行かないよ」と追い出された。車体に"LTT"と書いてあるバスが、空港に行くとのこと。

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今回の旅行で3フライト目のエアアジアだ。MASADA Backpackerで印刷させてもらった "Online Check-in"の搭乗券をキオスクのスキャナに…

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2011年09月16日

2011 ボルネオ/ブルネイ14 サンダカン日本人墓地

 
サンダカンの観光と言えば、一般的にはセピロックのオランウータン保護センター、ウミガメの産卵を見ることができるタートル・アイランズ・パーク、更にはテングザル保護区やジャングルリバークルーズなど、どちらかと言えばアウトドア大好きでもってワタシタチ人間の勝手な都合で滅びゆく生き物を今こそ守らなきゃ的エコツーリズムポイントがメインだ。

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(絶滅危惧種。間違っても猿のくせになどと口走ってはいけない)


しかし日本人の場合「サンダカン」という言葉を聞くと、多分半分以上の人が脳内で「八番娼館」とつぶやく気がする。私もこのあたりにテングザルの保護区があることなど全く知らなかったが、「サンダカンには8番娼館という場所があって、からゆきさんがここで辛い日々を過ごした」こと程度は知っていた。もちろんこれは1972年に発表された山崎朋子によるノンフィクション「サンダカン八番娼館」とこれを原作に2年後発表された映画「サンダカン八番娼館・望郷」があまりにも有名なためだ。なんせこの本は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したし、映画もベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を獲っている。


そしてここサンダカンにはからゆきさんたちの眠る日本人墓地がある。

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からゆきさんについては、日本語版Wikipediaにはこうある。

(ここから引用)
からゆきさん(唐行きさん)とは、19世紀後半に、東アジア・東南アジアに渡って、娼婦として働いた日本人女性のこと。長崎県島原半島・熊本県天草諸島出身の女性が多く、その海外渡航には斡旋業者(女衒)が介在していた。「唐」は、ばくぜんと「外国」を指す言葉である。

からゆきさんとして海外に渡航した日本人女性の多くは、農村、漁村などの貧しい家庭の娘たちだった。彼女たちを海外の娼館へと橋渡ししたのは嬪夫(ピンプ)などと呼ばれた斡旋業者、女衒たちである。こうした女衒たちは貧しい農村などをまわって年頃の娘を探し、海外で奉公させるなどといって、その親に現金を渡した。女衒たちは彼女たちを売春業者に渡すことで手間賃を得た。そうした手間賃を集めたり、投資を受けたりすることによって、みずから海外で娼館の経営に乗り出す者もいた。

こうした日本人女性の海外渡航は、当初世論においても「娘子軍」として喧伝され、明治末期にその最盛期をむかえたが、国際政治における日本の国勢が盛んになるにつれて、彼女らの存在は「国家の恥」であるとして非難されるようになった。1920年の廃娼令とともに海外における日本人娼館も廃止された。多くが日本に帰ったが、更生策もなく残留した人もいる。

第二次世界大戦後、からゆきさんの存在は「戦前日本の恥部」として一般に知られることは少なかったが、1972年の山崎朋子『サンダカン八番娼館』の出版によって広く知られるようになり、以後、からゆきさんについてのルポルタージュや研究書が現れた。

からゆきさんの主な渡航先は、中国、香港、フィリピン、ボルネオ、タイ、インドネシアなどアジア各地である。特に当時、アジア各国を殖民支配していた欧米の軍隊からの強い要望があった所へ多く派遣された。 また、さらに遠くシベリア、満州、ハワイ、北米(カルフォルニアなど)、アフリカ(ザンジバルなど)に渡った日本人女性の例もある。

---(引用ここまで)
http://bit.ly/92hND5


日本人娼館があったのはボルネオ・サンダカンだけではなかったのに、サンダカンのそれだけが有名になったのは、やはり「サンダカン八番娼館」という本と映画の力だと思う。

日本人墓地は世界のあちこちにある。そんな中戦後サンダカンの日本人墓地の存在はほとんど忘れられていたらしい。しかし「サンダカン八番娼館」の初版が刊行された1972年、これを読んだ現地の日本人駐在員が苦労の上ここを探し当てた。今でこそ「上から目線」などと批判的な反応も少なくないこのドキュメンタリーだが、当時としてはそれなりにセンセーショナルなものだったのだな。

そしてこの場所には、自らもからゆきさんであり八番娼館の経営者でもあった木下クニさんの墓もある。というより、このサンダカンの日本人墓地は木下クニさんによって作られた。彼女に関しては、法政大学の望月雅彦さんによる「サンダカンと日本人」に興味深い記述がある。




地図を見るとサンダカンの日本人墓地はホテルの裏山にあるように見える。


より大きな地図で サンダカン を表示

地図を指さしてホテルのご主人に「共同墓地までは歩いてどれくらい?」と尋ねると、「観光案内所の近くから道をショートカットできる階段があって、そこを通って行けば1時間はかからないと思うけれど…」とまことに頼りない返事だ。どうも歩いて共同墓地まで行ったことがないら…

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2011年09月20日

2011 ボルネオ/ブルネイ15 サンダカンの街を歩き、八番娼館跡を見た件  

 
サンダカンは1946年までイギリス領北ボルネオの州都だった。

今でも40万人以上の人が住んでいてコタキナバルに次ぐボルネオ第2の都市ではあるが、「大都市」という感じは全くない。もう少し言えば「小さいけれどそれなりに小綺麗な街」という気もしない。日本人墓地へ向かう Jalan Istana にはロータリークラブが作った展望台があるのだが、そこからの風景はこんな感じだ。

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アップにした部分がダウンタウンの中心部で、海沿いには GENTINGMAS MALL というショッピングモールが見える。それなりに小綺麗に見えないでもないが、実際に行ってみると「実にちんけでやんなぁ」だったりする。2006年の時点では、サンダカンにはエスカレーターが1カ所しかなかったらしい。今も同じじゃないかと思うけれど。

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第二次世界大戦中日本の占領下にあったサンダカンは連合国軍の激しい空襲を受け、ほとんどの建物が破壊されてしまった。州都がコタキナバルに移ったのはそんな事情もあるのだが、コタキナバルが小規模ながらも都会の雰囲気を(ぎりぎりなんとか)保っているのに対し、サンダカンはどうあがいても「アジアの小さな港町」なのだ。それがいいんだけれど。


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(ピカチョじゃなくてピカチューだと誰か教えてやって欲しい)




こんな街に日本人娼館が九つもあったものだと思う。


大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したサンダカン八番娼館の続編的なサンダカンの墓では、八番娼館は Jalan Tiga にあったとされている。Jalan Tiga とはその名の通り港から三番目の大通りだ。娼館跡は今では薬局になって…
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2011年09月21日

2011 ボルネオ/ブルネイ16 BATU4(4マイル)とサンダカンでの食事処いろいろ

 
ダウンタウンは小さなサンダカンだが、それでも人口は40万人以上だ。それなりの人数が郊外に住んでいる。旅行者に分かりやすいのは、BATU4 (4マイル / Bandar Kim Fung)Bandar Indah だろう。空港からのバスが基本的にここを通過するからだ。


より大きな地図で サンダカン を表示


BATU4とは「4マイル」との意味で、確かにここはダウンタウンから4マイル程離れている。空港からのミニバスに一度乗れば、再訪することは簡単だ。 BATU4 と Bandar Indah は Jalan Utara (ダウンタウンから空港に向かう国道22号線) を筋違いに挟むようにあり、歩いても5分程度だ。Bandar Indah の東端(BATU4側)には "(徳)紫善天橋"というたいそうな名前がついた歩道橋があり、それがランドマークになる。サンダカンに歩道橋はそうない、というより、私は他に見なかった。

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狭いサンダカンのダウンタウンでは大型店舗の新規出店は難しいのだろう。ここにはスーパーマーケットがあったりする。駐車場もあって便利そうだ。といってもコタキナバルの 1Borneo の様な大規模ショッピングモールを想像してはいけない。本当にただのスーパーだ。

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それなりに店もあるが、商業地域の規模はダウンタウンより小さい。基本的に生活エリアの商業圏、といった感じだ。「生活エリアなら旅行者でもぼられることはなくて良いのでは」という発想は分からないでもないが、私はサンダカンやコタキナバルで「ぼられる」経験を全くしていない。基本的にボルネオの人たちに「観光客だから価格を上乗せして儲ける」という発想はないのではないかと思う。いい土地だよなぁ。


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BATU4にはシンガポールのホーカーズに似た形態の屋台街があり、ここはちょっと楽しい。ここに来れば名前の分からないものでも、現物指さしで注文できる。料理のバリエーションも豊かだ。

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屋台街からそう離れていない場所に、やたら派手な店があった。「香香板面」。実はコタキナバル・Wawasan plaza のフードコートでこの「板面」の文字を見かけて多少気になっていた。太麺が好きな私としては2度は見過ごせな…

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2011年09月25日

2011 ボルネオ/ブルネイ17 セピロック・オランウータン・リハビリテーションセンター


私たち日本人的には「八番娼館」なサンダカンだが、日本以外の旅行者にとっては自然と野生生物を見るための拠点であることが多いようだ。

個人的にはウミガメの産卵をかなりの確立で見学できるタートルアイランド・パークはかなり魅力だったが、夜に行われる産卵を見るためには島に宿泊する必要があり、その宿は半年以上前から気合いを入れて予約しないとなかなか泊まることができない。島に行くだけなら、ダウンタウンに近い Jalan Buli Buli Sim にあるサバ州公園管理局から朝の9時半に船が出ているが、島への上陸許可が必要だし、昼間では産卵場所の見学だけになってしまう。それでも多少魅力的ではあるが、今回は諦めることにする。せっかく島にいくなら、やっぱりウミガメの産卵を見たいし。となると、今度はオランウータンが急上昇する。

オランウータンはボルネオ島とスマトラ島にしか生息していない。「森の人」と呼ばれるくらいだから森林がなくては生きていけないが、その伐採により生息数は減少し、ボルネオオランウータンは絶滅危惧種、スマトラオランウータンは近絶滅種となっている。そして何らかの理由で群れを離れたオランウータンの保護と森への回帰を目的に設立されたのが、セピロックのオランウータン・リハビリテーションセンターだ。ここは自然保護施設であると同時に、サンダカンの一大観光資源でもある。


より大きな地図で サンダカン を表示



セピロックへはサンダカンの西26kmの場所にあり、バスで45分程の距離だ。ここにはワゴン車のミニバスではなく、いかにもバスらしい中型の"MINI BUS"が出ている。乗り場はダウンタウンの GENTINGMAS MALL横。サンダカンでは、長距離バス以外はどのバスもここから出ている気がする。

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ダウンタウンを出発する時間は、9:00、10:30、11:30、13:00、14:00。セピロックを出発するのが10:30、11:30、12:30、14:00、そして16:00、運賃は片道RM4。質問が多いのだろう、観光案内所にはこんな写真も開掲示して…

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タグ:セピロック

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